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2011年8月

最高のデトックスについて再考する

 先月、6度目の肝臓・胆嚢デトックスを終えた。今年の1月から始めて、次女と一緒に不定期にやっていたけれど、ついに「デトックス禁止」を夫から言い渡された。
理由は「家族が迷惑をこうむる」から。

どんな方法かというと、食を絶つ代わりに、レモネードやグリーンスムージーを中心とした完全菜食の生流動食のみを摂取し、消化を最小限のエネルギーで行えるようにしつつ天然サプリで寄生虫除去を行う。さらに腸内洗浄、肝臓マッサージを組み合わせ、体内に溜まっている肝臓・胆嚢の結石をクレンジングするというもの。欧米では歴史のある手法を関戸美穂子さんが日本人向けにアレンジしたやり方だ。(昨年9月に関戸さんのセミナーに参加した時の記事

・・・確かに
~デトックス中の食事時は家族と一緒のものを食べないから会話も盛り上がらない。
~普段は決して服用しないサプリを何錠も飲み、数日下痢のような状態になるので、トイレを渋滞にしてしまう。
~オイルを飲む日は特にヒンシュクを買う。“きもちわる~い”オーラを発して周囲を不快にする。その後、腸内洗浄のコーヒーエネマをするのだが、風呂場でなんだか怪しいことをやり、脱力した挙句、寝そべって何もしない。(じっとしてなきゃだめなのよ。)
~要するに、『デトックスと称して、ときどきママとお姉ちゃんは変なことをしている』と弟たちに思われ、夫には『デトックスだか何だか知らないが家事をさぼっている!』と思われていたのだ。そしてついにクレームが来たというわけ。

記念すべき第1回目は夫も一緒にやった。
始める前は「毎月1回やろう」と意気込んでいたのだが、期間中、コーヒー等のカフェインやアルコールは一切禁止、動物性全て厳禁なので、結局夫は1回きりの参加に終わった。
効果として、オイルフラッシュで排出された「石」が一番多かったのは夫。

この、オイル(オーガニックエキストラバージンオリーブオイル1カップと無農薬の柑橘類の絞り汁1カップをカクテルにしたもの)を飲むのが、初めての時は「おいしい!」と思って一気に飲めたけど、2回目以降は気持ち悪くて辛かった。どうしてこんなに変なことをしているのだろう・・と飲みながら思った。

翌日の石出しで、関戸さんからは「ピンポン玉位のが20個出た」と聞いていたので、臓器の中の老廃物の塊である石が、大きいのが多く出れば成功だと思い込んでいたので、結果が振るわずがっかりしたのです。私なんか石らしいものが出ず、あまりすっきりできなかったが、目に見えた効果として、デトックス後やつれたはずの自分を見るつもりで鏡をのぞいたが、あれあれっ!?肌がひきしまり、若返って見えたことに驚いた。
石出し後、回復食としてベジタリアン食を2日間食べてデトックスはいよいよ終了となるのだが、夫はこれも我慢できず、反動なのか、石が出たことで満足して、お酒+お肉を「俺は大丈夫」とか言って食べてしまった。(止めたんだけど・・)

私が石が大して出なかったのは、子どものころから肉や魚が嫌いで長年菜食を続けているので、胆石のもととなるコレステロールが普通より少ないからか?とは思います。
肝臓・胆嚢デトックスを繰り返すと石が出やすくなるとも聞いてので、その後繰り返しやってみたわけですが、感動するほどの「出た~」というすっきり感を期待したほど得られず、「これが石かなぁ」くらいの出具合だったので、6度やってはみたけど何かやり方がまずかったのかしら?・・と自分でも腑に落ちない感じはありました。

ただし、プログラム中は、胃も腸もクリーンになる爽快感があり、終了後は腸の働きがめちゃめちゃ良くなって、元気がみなぎる感じがありました。
からだの調子が良くなる他に、プログラム中は、意識からも不純なものが抜け、食べる意欲が不思議とそがれて、思考状態がクリアになれました。
心のモヤモヤもすっきり晴れる感じ。

だから1回やると癖になるのかな~?

しかし、高額で、効果がいまいちわからないサプリを個人輸入する点や、デトックス後なぜか体重が増える点に疑問が残り、この方法は向き不向きがあるのかな~?と思っていました。

そしてこの度の『デトックス禁止令』!

夫の悪口を書きたいんじゃありませんよ。
おかげで私は気づいたのです。

デトックスをすることで実は自分の体から毒をまき散らしていたと。

そして、体を地球に例えてみると・・・悪さをする寄生虫が人間自体に思えることです。根本的な問題は寄生虫をただ退治するのではなく、自分を構成するものの一部として見れば、対処法は変わってきます。

「毒を出す」ことばかりにフォーカスしすぎないこと。

要するに、「悪いものは入れない」ことが大事。
これは、悪い食べ物のみならず、悪い想念をもたないことでもあり、
どこかに無理を強いるような方法では、結局無理がめぐってきてバランスを崩します。

だから、「笑顔でいること!」

これが何よりの、『最高のデトックス』だと悟りました。

家族で仲良くローフードを食べ続けよう!

・・・という結論です。

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『青い鳥』の赤ちゃんの国

 童話『青い鳥』にでてくる、生まれる前の赤ちゃんたちがいっぱいいる世界がほんとうにあるようです。実はわたしも信じているのだけど・・・。

 一児の母であるSちゃんは、次に生まれてくる子の夢を度々見るそうで、その子とお話もできるんだって。いつ生まれるかや、性別を決めていいよと言ってくれるそう。その次に生まれる子も順番待ちをしているのですって。
もし、わたしも生まれる前の子どもとお話ができたらよかったのにな!と思いますが、ずら~っと行列を作っている様子を思い浮かべただけで楽しいですよね。

それにしても、どうしてわたしたちという親を選んでくれたのだろう?

Bluebird  

 むかしむかし、あるところに、まずしい二人の子どもがいました。
お兄さんの名前はチルチル、妹の名前はミチルと言いました。
 

 クリスマスの前の夜のことです。二人のへやに、魔法使いのおばあさんがやってきて言いました。
「わたしの孫が、今、病気でな。しあわせの青い鳥を見つければ病気はなおるんじゃ。どうか二人で、青い鳥を見つけてきておくれ」
「うん、わかった」
チルチルとミチルは鳥カゴを持って、青い鳥を探しに旅に出ました。
チルチルとミチルがはじめに行った国は、『思い出の国』でした。
二人はこの国で、死んだはずのおじいさんとおばあさんに出会いました。
「人は死んでも、みんなが心の中で思い出してくれたなら、いつでもあうことができるんだよ」おじいさんは、そう言いました。
そして、チルチルとミチルに、この国に青い鳥がいることを教えてくれました。
ところが、『思い出の国』を出たとたん、青い鳥は黒い鳥に変わってしまいました。

 チルチルとミチルは、つぎに病気や戦争など、いやなものがいっぱいある『夜のご殿』に行きました。ここにも、青い鳥はいました。
つかまえて『夜のご殿』を出たとたん、青い鳥はみんな死んでしまいました。
 

 それから二人は『ぜいたくのご殿』、「森」、「墓地」と青い鳥を探しに行きましたが、青い鳥はつかまえられなかったり、つかまえても死んでしまったりして手に入りません。

 生まれる時を待っている赤ちゃんがいる『未来の国』に行きました。
「未来の国」での生まれる前の子供たちはみな手に袋を持っています。生まれる時は必ずその袋をお土産にもって生まれないといけないそうです。
一人の子供がチルチルのところへやってきます。
「チルチル、こんにちは」
「どうして、僕の名前を知っているの?」
「・・・君の弟になるんだもの・・・」
「なんだって? 君、僕のうちに来ることになっているの?」
「ええ、そうなんです。来年の復活祭の前の日曜日にね。・・・」

 「時」が生まれる扉を開けにやってきました。「時」は、子供たちがちゃんとお土産の袋を持っているかチェックしています。
「・・・それからお前は何を持ってきた? 何も持ってこないと? 手ぶらか? ではここを通ることはならん。何かを用意してこなけりゃいかん。大きな罪でも、病気でも、・・・何かを持ってこなければだめだ。」
「時」は生まれる扉を開け、生まれる船に子供たちを乗せ、さあ出発です。これから生まれる子供たち、まだ生まれない子供たちの間にどよめきが起こり、みんな急いで別れのあいさつをかわします。
生まれる船は出発し、乗船した子供たちからは、
「地球だ、地球だ。見えるよ。きれいだなあ。明るいなあ・・・」



・・・・・「さあ、起きなさい。今日はクリスマスですよ」

お母さんのよぶ声が聞こえました。
目を覚ますと、二人は自分たちの部屋のベッドの中にいました。
青い鳥を探す旅は、終わったのです。
チルチルとミチルは、とうとう青い鳥をつかまえることが出来ませんでした。
でも、チルチルとミチルが、ふと鳥カゴを見ると、中に青い羽根が入っているではありませんか。
「そうか、ぼくたちの飼っていたハトが、ほんとうの青い鳥だったんだ。しあわせの青い鳥は、ぼくたちの家にいたんだね」
二人はお互いに顔を見合わせて、ニッコリしました。
魔法使いのおばあさんは二人に、しあわせはすぐそばにあっても、なかなか気がつかないものだと教えてくれたのです。

 「未来の国」からやってくる子どもたちは、地球での宿題、あるいは課題を袋に入れてもってくるのですね。その学びを経験するための環境として、場所や親を選ぶのでしょう。

そうして生まれてきてくれた子たちにどれだけ愛情をそそげるか・・というのも親にとっての修行だと思います。

生まれる意味、いま・ここに生きる奇跡を考えたら、地球上のすべての命を大切にするために修行を積みましょう。

・・・8月10日は、島ファミの第8子、朔ちゃんの命日なので暑い暑い夏が来ると、走馬灯のように思いがめぐります。
いつか『思い出の国』で再開できますね・・・きっと。

チルチルに話しかけた、チルチルの弟として生まれる予定の子の手に持ったお土産というのが、

「僕、三つの病気を持っていくんだ。猖紅熱と、百日咳とはしかだよ」
「へえ、それで全部なの? それからどうするの?」
「それから? 死んでしまうのさ。」
「じゃ、生まれるかいがないじゃないか。」
「だって、どうにもならないよ。」

「どうにもならない」といっても、これから生まれてくる子たちのお土産が決して大きな試練ではないことを祈ります。

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『いのちの食べかた』そして福島・・・現実を見なくては。

 以前から気になっていた『いのちの食べかた』のDVDを子供と一緒に観ました。
原題は『Our Daily Bread』で、2005年のドイツ映画。日常の食糧となっている肉や野菜の生産現場を淡々と映し撮った、インタビューや説明、BGMすら入らない現場の音声のみのドキュメンタリー映画です。夏休みに家族で見るには重すぎる映画でした。

人間の食となる“いのち”として、動物だけではなく、植物や岩塩なども出てきます。肉、野菜、果物などが極端にまでに機械化された工程で「管理・製造」されている様子はあまりに無機的で、無感情。動物の解体もほとんどすべて機械化されていて、ベルトコンベアー方式で次から次へと進んでいく様子は、工業製品さながらです。
その、牛や豚、鶏など生き物が人間の欲のために殺されていくようすがしっかりと描かれています。多くの消費者が目を背けてきた現実ですが、かなり衝撃的です。
ひよこを選別する場面で無表情な女性が、ボールのようにポイポイひよこを放り投げている場面、ぶらさがった豚の腹をカッターが一気に切り裂いていく場面など、命の扱いについて考え込まされます。作業員の食事風景が随所に映り、「食べるってなんだろう?」と考えさせられます。
セリフや、ナレーションや音楽が一切ないため不気味さ、残酷さが際立っている気がします。シーンによっては何をしているところかはっきりわからず、小・中学生には難しかった様子。高校生の次男は、これを観て以来、完全菜食(ベジ)男子になってしまいました。

ロボットのような作業員たちの姿を借りて、この映画の中に描かれているのは 、流通の先にこれらを食する人間たちの傲慢であったり、自然やいのちをコントロールできると思い込んだ過ちではないかな。
いのちを育てたり、収穫したり、そして“食べる”という行為は、本来幸せなことであるはず。人は、食べなくては生きていけないのだから、大切に作られたものを感謝して食べ、必要な分だけを無駄にせず食べる ということを、みんなで考えたい。

そう、もっと考えなくちゃ!

と、思った方は、ぜひこちら
〈福島第一原発、20キロ圏内の世界〉をご覧ください。
アルピニスト・
野口健さんのブログ

こちらもかなりの衝撃的な内容ですが、いま・日本に現実に起こっていることです。
ほんとうに重い・・・・・。

とても役に立つ情報はこちら
SAVE CHILD》 放射能汚染から子供を守ろう

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